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昨日、我が北海道で第34回目となる先進国首脳会議(サミット)が開幕した。 環境問題について主に話されるらしいが、互いの国の利権争いに終始しないような話し合いにしてもらいたい。 世界的な燃料高騰、地球温暖化、核廃絶等の諸問題が、どのように話し合われ、どのように今後の施策として行われるのか注目するべきであるし、それが実行されない(もしくは施策すら出てこない)ようでは、サミットの意味はまるでないと思う。 札幌でも厳戒態勢がひかれている。 洞爺湖周辺ほどではないと思うが、それでも国道には車線をつぶして検問所が設けられ、怪しい車はとめられる。 ただ、新千歳空港や洞爺湖周辺と違って、全車に検問をしようとするとハンパない渋滞が起こり、サミットに対する市民感情が著しく悪いものに変わると言うことが容易に想像されるからか、怪しい車のみの検問となっている。 画像はススキノ周辺の国道36号線の路上にて車線をつぶして検問しようとする警官達。 もっとまともに撮りたかったんだけど、運転中だったので…。 この警官さんはどの都府県から来た警察官だろうか。 わざわざ自宅に帰るときに遠回りして中心部の様子はどうか見てきた。 混んでたよ。 ということで、サミットをおさらいしてみるとしよう。 長いので、サミットについてもうちょっと知りたい人以外はご覧にならないほうが身のためです。(笑) 主要国首脳会議(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』) 主要国首脳会議(しゅようこくしゅのうかいぎ、英称:Group of Eight)とは、フランス、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、ロシアの8ヶ国及びその年のEU議長国の政府首脳および欧州委員会委員長が、年1回集まり、国際的な経済的、政治的課題について討議する会議(その他の国の首脳や国際機関の代表も例外的に出席)。合わせて、数多くの下部会議や政策検討も行われる。 ★概説 G8(ジーエイト)、主要8ヶ国首脳会議とも呼称される。一般には「サミット」と呼ばれることも多い。これは、首脳の地位を山頂に擬えたものである。ロシア参加前は先進国首脳会議、G7(ジーセブン)、先進7ヶ国首脳会議と呼ばれていた。 主要国首脳会議は1973年のオイルショックとそれに続く世界不況に起源を持つ。これらのトラブルによって米国でライブラリーグループが生まれた。これは、米国、ヨーロッパ、および日本の財務を預かる政府高官が集まり、経済的課題を討議する会議である。1975年、フランス大統領ヴァレリー・ジスカール・デスタンは、工業化された6つの主要民主主義国の首脳をフランス・ランブイエに招待しはじめての首脳会議を開催し、定期的に首脳会議を持つことを提案した。このときの出席者は、主催国を交代しつつ年1回会議を持つことに合意した。こうして、フランス、西ドイツ、イタリア、日本、英国および米国で構成されるいわゆるG6が生まれた。翌年のプエルトリコの首都サンフアンでのサミットで、米大統領ジェラルド・フォードの要請によりカナダが参加したことにより、G7となる。 冷戦の終結に続く1991年に、G7サミット終了後、ソ連(現・ロシア)とサミットの枠外で会合を行うようになった。ロシアは、1994年のナポリ会合以降は首脳会議のうち政治討議に参加するようになり、1997年のデンヴァー会議以降は「世界経済」「金融」等の一部セッションを除き基本的に全ての日程に参加することになった。 1998年のバーミンガム会議以降は従来の「G7サミット」に代わり「G8サミット」という呼称が用いられるようになった。さらに2003年のエビアン・サミット以降、ロシアは「世界経済」に関するセッションを含め、完全に全ての日程に参加するようになった。一方ロシアは経済力が大きくないなどの理由により、7か国財務大臣・中央銀行総裁会議には完全参加していない。(このため、現在ではG7と言えばこの大臣級会議のことを指す。) ロシアの参加には米大統領ビル・クリントンの示唆などもあった。これは当時のロシア大統領ボリス・エリツィンに経済改革を進めさせ、またNATOの東への拡大に関して中立を保つようにさせるための、クリントン大統領のジェスチャーだった。他方、2005年2月18日、米上院議員ジョー・リーバーマンとジョン・マケインが、ロシア大統領ウラジミール・プーチンによって民主的、政治的自由が確保されるまではG8への参加を見合わせるようにロシアに呼びかけるなどの動きもあった。 当初においては、様々な国際的な課題への強い影響力を有していたが、近年では影響力の低下とともに形骸化や単なるセレモニー化が指摘されている。その一方で、国連総会などの外交官レベルの会議に比べ、各国の首脳会議であるサミットは決断力・実行力に格段の優位性があるほか、拒否権など制度的問題点がなく、国連を補完する意味でも一定の役割を果たしているという指摘もある。 ★グループの編成と活動 G8は国連や世界銀行のような機関とは異なり、国際横断的な管理部門を持たない。また、メンバー国の間で毎年順番にグループの議長国が回り、新しい議長国は1月1日から担当が始まると考えられている。議長国は一連の大臣級会議を主催し、続いて年の中頃に3日間の、首脳によるサミットを行う。また、出席者の安全を確保するのも議長国の役割である。 大臣級会議は、健康、法務、労働を担当する大臣が集まり、相互の、または全地球的な問題について議論する。これらのうち最もよく知られたものはG8外務大臣会合、G8財務大臣会合などがある。1994年には、G7の後援の下で、情報社会の実現に関する特別プログラムが設立された。 ★G8への批判 G8で扱われる課題は、議論のある国際的問題であるため、G8は非公式な「世界政府」であり、何の関係もない第三世界にまで決定事項が強制されているという批判がアルテルモンディアリストによりしばしばなされる。ちなみに、G8の「決議」「決定」「宣言」その他諸々は、国際法上の根拠を何ら持たない“仲間内での取り決め”である。 年1回のサミットは、しばしば反グローバリゼーション活動の反対活動の的になる。特に2001年ジェノバの第27回サミットでは大規模なデモが行われるなど顕著だった。 G8参加国は現在、地球規模で深刻な問題となっている地球温暖化や発展途上国での貧困の原因となっていると批判があり、また主要国として問題解決に向けて対処すべきという批判もある。このように、G8諸国が作り出していると批判されている問題について責任を取って闘うよう、G8指導者へさまざまな団体から圧力がかかっている。例えば、ボブ・ゲルドフは2005年7月2日と7日にグローバル・アウェアネス・コンサートであるLive 8を組織し、G8指導者に「Make Poverty History(貧困を過去のものに)」を奨励した。また組織関係者は、G8メンバー国に1992年のリオデジャネイロ地球サミットの「アジェンダ21」で概説されたとおり国家予算の0.7%を海外援助に回すよう提案した。このコンサートは第31回G8サミットと同時になるように計画された。 ★G8とテロリズム 2005年7月7日スコットランドでのサミットの初日に、50人以上が命を落とし数百人が負傷したと言われるロンドン地下鉄およびロンドン2階建てバス同時多発爆破事件が起こった。この攻撃は、直ちに「ヨーロッパ在住のアルカーイダ秘密グループによるジハード」によるものとされた。この攻撃は、西側国家に対し、アフガニスタンおよびイラクでの軍事活動をした場合攻撃を行うとイスラム原理主義者によって犯行の予告が先立ってされていた中で、英国が軍事行動に参加したことと関係があるものとされた。G8サミットへ集まった国際的な注目は、おそらく最大限の象徴的な効果のためにテロリストによって増幅された。この打撃は、IOCがロンドンを2012年オリンピック大会の開催地に決定した告知をした直後でもあった。 ★出席者 第1回 フランス、西ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカ6ヶ国首脳によるG6 第2回〜第23回 G6+カナダを加えたG7 第24回〜 G7+ロシアを加えたG8 第6回はサミット直前に日本国内閣総理大臣大平正芳が急死。大平の後継総理は第36回衆議院議員総選挙、第12回参議院議員通常選挙の衆参同日選挙が終了するまで決定されなかったため総理ポストに空白が出来た。サミットには代わって外務大臣の大来佐武郎が出席した 第1回から第16回まではドイツ側は西ドイツだったが、1990年にドイツ再統一が起こったので、第17回からは(統一)ドイツとして出席している ★その他 近年では、G8メンバー以外にも様々な政治のリーダーが、会合に参加している。どの国を招待するかについては、基本的にはそのときの議長国の判断による。 先ず国家としては ブラジル大統領 インド首相 中華人民共和国国家主席 南アフリカ大統領 メキシコ大統領 以上の5名である。2005年から3年連続で参加している。これら5カ国はO5(Outreach 5)と呼ばれることもある(特に、メキシコ以外の4ヶ国はBRICs諸国である。ロシアはG8に参加)。 次に国際機関としては 国際連合事務総長 欧州連合の欧州委員会委員長 欧州連合の欧州連合理事会議長国における担当閣僚 の3名が参加する。このうち欧州委員会委員長はEUを代表しオブザーバーとしてG8の本会合にも参加する。これ以外に経済分野では国際通貨基金専務理事が参加する。 側近達が集まって予備会合を持つ事があるが、こちらは「シェルパ会議」の別名で呼ばれる。サミットが首脳の地位を山頂にたとえることが発端となったことになぞらえ、同行者の意味で随員はシェルパと呼ばれるが、シェルパは3名で構成されることが決まっており、日本においては首席シェルパは経済担当外務審議官、次席2名のうち一人は必ず財務官が務める。 ★サミット開催地の一覧 以前は、サミット参加7ヶ国の間で、フランス、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ(統一前は西ドイツ)、日本、イタリア、カナダの順で毎年持ち回り開催されてきた。ロシアが参加するようになってからは、イギリスの次にロシアが入り、8ヶ国持ち回りになった。ロシアを含め、前半4ヶ国が国際連合安全保障理事会の常任理事国であり、後半4ヶ国はそうではない。 1990年代までは大都市(特に開催国の(当時の)首都など)での開催が多かったが、1990年代末になると反グローバリズム、アルテルモンディアリスム団体の抵抗運動によるデモが頻発。特に2001年のジェノヴァでは大規模なデモに見舞われたことから、以降警備のしやすい地方都市、保養地での開催が多くなっている。 「ブログ村・YAHOOブログへ」。 飛んでいただいたらトップの『「にほんブログ村子育てブログ・乳児育児」に登録させていただいております。』と言う文章の「にほんブログ村北海道情報」と言う部分をクリックしてやってください。 一日一回クリックしてくれるとその都度順位が上がり、励みになります。 よろしくですっ♪ |
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まったくサミットのおかげで旦那っちは家にいません!(笑) |
ナツ 2008/07/08 16:32 |
>ナツさま |
もみひこ 2008/07/08 22:04 |
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